店長日記
令和7年12月28日(日)
やっとお念珠の修理を仏具屋さんに出すことが出来ました。
切れそうになっているというのもあるのですが、今まで、「綿房」だったのですが、『菊房』というものに変更します。
この1年間も、支部のひとり・イチ信徒として、どれだけ御主管の大きな袈裟衣に護られて来たかと思うことがあります。
今回も御主管から連続折伏で頂いたお念珠を修理に出すまで控えの金剛菩提樹のお念珠を使っていたのですが、修理を終え、御開眼頂き、このお念珠に戻るのを楽しみにしています。
今年は、年内にすべきことは30日に令和8年の手帳を購入すること、家の掃除は少しだけ終わりましたが、年始の為に色々対象者に連絡をとっております。なかなか返信はありません。
すべて御報恩は折伏と教えられておりますが、色々連絡先を眺めている年末です。笑
令和7年12月27日(土)
先日お寺で西都の地区長さんが『仕事は何でも大変だよ』と仰ってました。
まだ今年は終わってませんが、手帳を見ながら色々振り替えっていました。
長女と次女の卒業式、入学式から、子供達の大会で新潟県と、富山県へ遠征。
仕事場の劇的な変化と、大変だったこと。
我が家の信心の見直しから、折伏活動で成果に繋がらないことや、育成でうれしかったことなど。。
今日は、先日の倉庫の掃除のときに頂いた平成5年の徳利を出してました。
今年は色々あったなー長かったです。
明日は長女、次女が我が家代表で、お寺の大掃除に参加します。
12/30
朝の情報番組
TBS年末特番TIMEに、長女が部活の皆と生出演します。(am7:30ぐらいからです。)↓案内リンクです。
令和7年12月25日(木)
今週も日記更新のタイミングを逃しております。
日曜日の折伏推進指導会では、御尊師より御法主上人の御指南を引用され『命とは時間であり、自行化他に使う時間である』事。目標を持って来年も続いていく報恩感謝の信心をするようにご指導でした。
妙国寺様よりは、子供の育成について、実話を元に、どれだけ幼いときの信心の躾が大事かをご指導くださいました。
『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば人はうごかじ』との山本五十六の言葉は自分の心にも刻まれております。
御本尊様は正しく物事を解決して下さるそうです。
その他、指導会でもたくさんメモはあるのですが、止めておきます。
今週は自分の信心に驚愕的なことがありました。今年一番の驚きかもです。謗法が我が家にありました。
ちょっとショックで信心をイチから始めようと、初心者のつもりでやり直そうと決めました。人には謗法払いと言っておきながら、自分が一番謗法払い出来ていなかったです。
罪障消滅を願っていて、日々小さな罪障を積んでいたかも知れません。
しかし、気がついて本当によかったです。
これも『苦しい中にも感謝』というご指導から、お題目を唱えながら気がついたことでした。こんなことでは、思うようにいくわけありません。
今、台湾のご住職様から返信メッセージを頂いてしまいました。
もったいないことです。
御本尊さまから励まされているととらえて、また、再び立ち上がりたいと思います。
令和7年12月20日(土)
今日は三女を連れて、新規開拓のカレー屋さんに折伏目当てで参りました。
インドカレー屋のネパール人の店長さんと会話することが出来ました。
日蓮正宗のパンフレットをもらってくれました。
駅前のれいわ新選組のパンフを配っている人に声をかけて、こちらも自分も日蓮正宗の信者であることを伝えました。
また、駅前のエホバの証人3人にも破折を加えました。
三女も心強い脇士なのですが、今日は折伏中にはどっかに行ってしまいました。笑
令和7年12月19日(金)
12月は魔が強いと感じてますが、菩提寺の創立記念を過ぎれば魔が退散するとおもっていたのですが、甘かったです。
今週も仕事で、なかなか厳しい週でした。
色々1年を反省してみると節分会には、自分の不注意で不参加だったり、折伏成就もできていないので、その報いと思っております。
胃が痛いです。笑
令和7年12月13日(土)
大波乱の週が終わりました。
現場からは、ある事で自分に謝罪されると共に、しかし自分のミスもあり、もう何とも言えない波乱続きで冷や汗ものの週でした。
何ともスッキリしない週でした。
学会の叔母への破折メッセージや、お寺へのお誘いメールが少し効果を生んでいたのが、唯一の救いです。
そして、今日は地元の家族と子供達含めた忘年会でした。
少し今週のことは忘れて、親しい家族の家庭事情のすべらない笑い話で溢れておりました。
少し楽しいひと時でした。
年末でメリク○とかのプレゼントを子供にもらったりしたのですが、それは一旦預かって(のち、廃棄)、しかしこの場で子供達の鼓笛隊の話から、一緒にいる家族御父兄方々へ、我が家が伝統仏教の日蓮正宗の信心をしている話ができたことが嬉しかったです。
明日は御講参詣が有難く嬉しいです。
お寺はホットします。
令和7年12月11日(木)
12月は魔が強いですね。
仕事でも、嵐が吹いてます。汗
行き詰まったら折伏
と以前先達に教えられた通りに、今日は対象者とSNSでコンタクトをとってます。
日曜日の広布唱題会のご指導で、まず御宝前を『荘厳』していくことから始まる信心の基本の大事とのお話が心に刻まれます。
より御宝前のお掃除をがんばります。
令和7年12月5日(金)
日曜日、折伏推進指導会のあと、すぐに日記に記載しようとしていたのですが、金曜日になってしまいました。
指導会では、政治の話から始まり、公明党という宗教政党が日本から嫌われている事は調査でも明らかになり、自民党の支持率は高まっている事を始めにお話しくださいました。
これは私見ですが、
当(党)の本人からすると自分が蒔いた種から伸びた蔓に、に首を絞められているようなもので、少しずつ過悪の果報がじわじわと出始め、溢れて止まらなくなるでしょう。
まだ諸諸の苦悩は始まったばかりで、本当に気の毒です。
その他御尊師は、折伏という崇高な使命感を持ち、命の徳を積み、人格の完成をしているを自己で確認し、また、安定した信心で進むように御教示くださいました。
妙国寺様よりは、使命感という話が同じタイミングで御指導でした。
不思議な一致に御仏智であることを感じます。
仏様のお使いの心得として大聖人様の御心に叶う信心。感謝の気持ち。喜びを持つ、という3つを御指導くださいました。
「いついくぞ」と日時を決めていく。人のためにできること。あなたが来てくれてよかったと云われることが最高の福運じゃないですか、と。
今は折伏が難しくなってきている時で、四悉檀を心得て、普通の義を用いての折伏も時には必要であることを御指導でした。
今日はここまで話をして、次はここまでと決めて実行する、という具体的な話もありました。
今週は、自分の仕事では、来週からの現場仕事の準備で少し波乱だったのですが、何とか今日までこれました。
御本尊様に護られて日々過ごしております。
仕事関係で回りを見ると、いかに自分が過去に嫌な人間だったかを思い知らされます。
少し過去の自分に頭を抱えてしまいます。笑
「なにごとも己が因果の報いぞと、思う心が仏なりけり」
という日正上人様のお言葉ばかりが浮かびます。
御主管ご指導の、折伏のため、あらゆる縁を頼りに、とのご教示の通り、友人に連絡をしております。何とかお寺に友人を連れていきたいです。
その生活の中で、我が家に帰れば騒がしい娘たちの笑い声の中に、自分の安らぎの時があるように思え、有難いです。
令和7年11月28日(金)
今夜は壮年部対象の広布推進会に参加させて頂きました。
在宅勤務で、定時で上がっても遅れることは分かっていたのですが、それでも参加を促され、今日を迎えました。有り難く思います。
妙国寺についたら終わっているようなギリギリの時間かと想像していましたが、御尊師お二人のお話を拝聴できメモを残しました。
嘘は邪宗教の始まりであり、嘘をつくと病気になること。
父母を害すると短命になること。
転重軽受と、変毒以薬の信心するように最後に激励くださいました。
帰りには、本行寺の同志と、懐かしい想いを共有し、妙証寺の大先輩とは、一緒に少しだけ帰路につき、色々折伏の話になりました。
参詣の功徳を頂いてます。
令和7年11月26日(水)
御主管お導師の朝の勤行に参詣させて頂きました。
御主管、御尊師方、御所化さん、参詣者の方々と唱和して、本堂に響くお題目はとても清々しく感じます。
西都の地区長さんと話をする機会があって、社長さんでいらっしゃるのですが、顧客がなかなかはなれないで居るらしく有難いと前に仰ってました。
「自分もそのような悠々自適な晩年を迎えたいです。。」と申し上げると、
「今まで人(顧客)を大事にしてきたから。。」そう、静かにおっしゃられていました。
んー重い一言です。
妙国寺さんの御指導でも、「折伏される人は信者さんから、その人からされたことは覚えているもの」という話を思い出します。
人から頂いたこと(心)は覚えているものです。
そして、人からされた嫌な事も覚えているものと感じます。
自分は、青年期に中等部スタッフをしていたのですが、その時、自分が心ない行動をある部員さんに取ったことがありました。
その彼はきっと心のどこかで覚えていて、今でも自分とは、うわべだけの話しかできない仲です。
一挙手一投足が、この瞬間をとても大事にしなければと思います。
きっと知らず知らずに人を傷つけてきていることは、あって、その方は自分をどこかで敬遠しているものです。
色々過去を振り返り、思う事があります。
自分の子供達には、心ある人になってもらいたい、いつも思います。
人から愛される、その人の前に道ができるという故事のようなそんな(外見はどうでもよいので)素敵な人になってもらいたいといつも思います。
自分は青年部の時に地区の壮年部の方に缶コーヒーを買って頂いた事がありました。
何度かありました。
その味は覚えているものです。
自分も、恩返しで、お寺で、小さなお子さんにジュースを買ってあげたことがありました。
この子も、{昔、お寺の叔父さんにクレープのカルピスソーダを買ってもらった事があったな。こんな味だった。。}と覚えていてくれるでしょうか。笑
令和7年11月25日(火)
昨日は、大法道院展の最終日で、「教えてお坊さん」コーナは、初詣の本来の意味や、お守り、占いといった、我らが陥れられ易い謗法についてご指導くださいました。
トーク形式は、分かりやすく、話をされる方が変わるので聴きやすく、内容は申すまでもなく、素晴らしい内容で、沢山メモをとりました。
この法話会の前、東京南部の地区長さんと街頭折伏に動かせて頂きました。
サンシャイン近くでは、久しぶりに怒鳴られるることもありましたが、スエーデンの2人や、ノースカロライナからのマッチョな外人さんなど、連絡先とパンフレットをお渡ししつつ、しっかり話を聴いてくれる人と出会いました。
そろそろ帰ろうと池袋駅前東口を歩いていると
「NHKのあさイチという番組ですが、少しだけ、5分ぐらいインタビューのお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
とのことで、地区長さんと2人で、15分ぐらいインタビューに応えておりました。
内容は、
・妻との仲
・老後の不安
・お金の備え
・子供達からどう思われているか
など、結構時間長めに聴かれました。
カットされると思いますが、街頭折伏のあとの楽しいひとときとなりました。
もちろん、このテレビ局の方2人にほ、大法道院展のパンフレットと、お寺の方向を地区長さんと2人でお伝えしました。
それにしても、地区長さんは自分より10も若いのに、自分はさることながら、「老後」についての話とは失礼な?w。。笑
しかし、
{自分も、そのようなことを考えるべき年齢になった}とつくづく思いました。
令和7年11月23日(日)
我が支部では、大法道院展の真っ只中ですが、昨日は育成で久しぶりに手紙を書いておりました。
彼に気持ちが届くように願っております。
又今日、明日のためにアポイントのSNSメッセージを送っていたのですがアポイントは取れませんでした。
御尊師が唱題姿勢と真剣さをお話しされますが、自分は、今日の唱題は、睡魔がやって来て大変でした汗
二時間のお寺での唱題のあと、午前中から婦人部の方に合流し、街頭折伏させて頂きましたが聴いてくれる人は少なくも、動くととても有意義な活動ということを感じると共に、生命力を頂くものでした。
午後一時からの鼓笛隊の演奏後の講演は、昔、ご在勤されていた御尊師のお話で、少年部だった子どもたちの成長から10年の歳月の早さを感じられた内容でもありました。
三徳と三毒のご法話で、丁寧な話の内容に、新来者でも分かりやすく感じます。
さっそく御尊師にはお礼のメッセージを個人的に送らせて頂きました。
鼓笛隊の演奏は、いつもながらに、演奏しながらアクションのあるもので、二つの脳ミソを使っているような演出です。笑
三人娘も少しご奉公がてきたでしょうか。
笑
帰り道では、夕焼けに富士山がシルエットでオレンジに輝いておりました。
令和7年11月20日(木)
今日は、遠く総本山では御大会が奉修されており、個人的には先日お経をあげて頂いていた祖母の27回忌という日であるのに、仕事でちょっとピリッと嫌なことがありました。
祖母のことも久しぶりに思い出しておりました。
こんな自分に対して、祖母はどんな言葉をかけてくれるでしょうか。
今の仕事内容、案件の緊張感もあるのですが、反省も色々あり(大いに反省するところはしつつも)、また明日からよい意味でリセットして、進んでいこうと思っております。
今夜は折伏対象者の方から、連絡があったのですが、週末のお寺には来ないようです。
お金かせぐことと、心を、自分を律しつつ生きていくことは難しく、人生は厳しいものだと感じております。
愚痴や不平を言っているうちに、歳を取っていくのでw
愚痴は控え、コントロールして、欲は最低限に抑えつつ、がんばります。
.....祖母はきっとこのようにいうでしょう。
そんな苦労なんて、大したことないよ。お婆ちゃんは関東大震災とか東京大空襲を生きてきたけど、おまえの苦労はたいしたこたないよ。先祖に心配かけないように生きていかなきゃ。
何事も、頑張っていきなさい。お婆ちゃんが祈って護ってげてるから、、と。w
※最後に頑張ります、で終わる日記は全開じゃない時です。
令和7年11月19日(水)
昨日、仕事前の参詣では、御主管お導師の勤行に参加させて頂くことが出来ました。
勤行後、インドネシアからのご信徒を参詣信徒にご紹介された後、
「英語が出来る人はいませんか?」との問いかけに、自分も含めて手を挙げなかったので、御主管御自ら、英語で、
「自国までの帰り道、お気をつけて」
という意味合いの温かいお言葉をインドネシア信徒に伝えられておりました。
その後、「私の下手な英語では通じなかったかな?」と仰れていたのですが、一天四海、御主管の温かい英語メッセージは通じると感じました。
お元気なお姿と笑顔を頂くお話に、こちらがとても生命力を頂きます。
令和7年11月16日(日)
昨日は、祖母の27回忌のお経をお寺の本堂で上げて頂きました。
お経の後、御尊師から我らには、四大天王の話から、御本尊様が南無妙法蓮華経が中心で、仏教を説かれたお釈迦様が。御本尊様から見て右にあること。多宝如来も南に座している、南無妙法蓮華経、その横に座している姿を、御相伝の上からお話しくださいました。
また先祖への回向は、遺族の信行の深さによるのであって、御導師方はそのお手伝いをするのみとの温かい内容でした。
この日、叔父が来ていたので、この後少し喫茶店で話が出来ました。
御自身の過去の声優としての当時の話や、有名な俳優さん、声優さんとの逸話だとかガンダムを製作したときの裏話も聞く事ができました。
その叔父が昔、その芸能界で生きていた時に、「諸天善人」が顕れるという体験が沢山あったそうです。不思議な縁で人に助けられ、又その地位に引き上げられたりしたそうで、「必ず色々な場面で諸天が護るから、御本尊様を信じていきなさい」という激励をもらいました。
実際に誰がみても実証がある人の体験談なので、とても重く心に残りました。
今日の支部登山では、御開扉の時に{自分は、自分の為じゃなくて人の為に動こう}と改めて思いました。
今日は折伏した方や、班で新しい方が登山されて、{この人に沢山、信心の同志ができますように}と朝、御本尊様に願っていたのですが、班の3人の方々それぞれ連絡先を交換されて、色々コミュニケーションをとられていました。
本当によかったです。
富士山の姿も美しく、今日の日が終わってしまい、明日また仕事に引き戻されますが、これも修行と思い頑張ります。
令和7年11月14日(金)
今週は、一週間長かったような気がします。
良い夢や悪夢が混在する、浅い眠りなのか深い眠りなのか一週間色々寝ている時に夢を見た気がしますが、内容は忘れてしまいました。
昨日の壮年部唱題会では、御尊師から、異体同心のお題目が大事で、我ら過去の謗法がある身であるので、一遍で成仏できるような境界ではないので真剣な唱題をとのお話しから、仕事帰りに下種する、いつもと違う折伏活動をするよう促され、他の部と動く事、連携も大事であるという御指導もありました。
「一水四見」というお言葉があり、自分には色々考えさせられる一週間だったので、とても心に響きました。
云われた事をそのまま実行することの難しさという事は、確かに言葉では分かっていても、それを事として実行するのは、本当にできないことです。
折伏成就という大願がまさに、そのことかと感じます。
育成についても、昔、活動していた人が今はお寺から離れているのは必ずその離れる原因があるものというポイントをついた話にはくぎ付けになってしまいました。
今週は、昔、大東院日明上人の、大聖人様の御伝記である「小説富士」の話を思い出しておりました。
今月11日は小松原の法難の日ですが、この小松原の法難直後、大聖人様は、夜長川(よなががわ)という川のほとりで夜を明かしたそうです。
この川は、大聖人様が「夜が長いなぁ」と仰られたという逸話からこの川の名前がつけられました。
左腕を折られ、右の額には刀の傷を負われた大聖人様のお傷みは、どれほどかと想像します。
それに、旧歴の11月ですから年末のような寒さだったかと思います。
GoogleMapで、その「掛松寺」の場所を観ると確かに、小川のような夜長川のほとりにその場所はありました。
その場所に老婆がやってきて、大聖人様の頭の傷を観て、綿をお乗せになったそうです。
冬になると大聖人様は頭に綿を乗せられていたという話があり、我が日蓮正宗のお御影様の冬のお姿でも見られます。
(我が家の話で恐縮ですが)
昨日、2階フロアの電気を半分消していたら、誰かが脱ぎ捨てたコートが見えました。
御宝前に行くと長女が居るはずなのですがいなかったので、1階の長女の部屋に行くと、居なかったので「これは事件w」と少し焦ってしまったのですが、薄暗い2階にあった、脱ぎ捨てたコートは、長女が制服のまま寝ていた姿でした。爆
相当疲れていたようで、そのまま脱ぎ捨てたコートの間違えるように寝ておりました。
朝練がある日は、長女は家族に先んじてam5:15から勤行をするので大変です。
もちろん、御給仕はその時間前に自分がします。
しかし、若いのでとても元気ですが、ちょっとお山前なので、体調を崩さないように観てあげたいです。
令和7年11月10日(月)
今月、支部の拝読御書は「土籠御書」ですが、この御書を拝すると、この御書を頂戴した日朗師のことと、同日に初めて大聖人様が、楊枝で御本尊様をおしたためになったという御事跡を思い出します。
土籠に幽閉された日朗師が、今、又いつ首を切られるかという状況で、この御書が鎌倉に到着したわけです。この御書の御真筆がどこかにあるのでしょうか。拝してみたいです。(存在しないと云われております。)
昨日の御講で、御尊師からは日目上人様の御事跡を御教示くださいました。
富士宗学要集を御引用され「日目上人の申状を奏する方が出られたら、それは日目上人の再誕であるぞ」との甚深のお話です。
我が家のお線香は無煙なのですが、お焼香などで煙を観るのが個人的には好きです。
「代々を経て 思いを積むぞ 富士の根の 煙よ及べ 雲の上まで」
このお言葉を正確ではないのですが、いつも思い出します。
兄弟抄の御書から、御尊師は、
「転重軽受」の御指導をくださいました。
自分も過去は罪業深い、謗法の者であったのであり、地獄の業因があるにもかかわらず、この現在の苦で済んでいるのだという事を改めて感じました。
今、目の前にある、全てが有難い事です。御報恩をしなければと思います。
昨日は御講の前に、訪問折伏と山門折伏をさせて頂きました。
令和7年11月5日(水)➁
日曜の御主管ご出師の御正当会では、御主管から立正安国論の御奉読、化儀を間近で拝することが出来ました。
申状は、包装がキラキラしている巻物ですね。
手元でも、冊子の申状を用意しておりましたが、大聖人様、開山上人など御奉読の時、この時は、お寺の空気も変わるように感じます。
午後の布教講演も、御尊師から南條家の信心について甚深のお話でした。法統相続の大事を深く感じます。
昨日はお昼にお寺にいくと、副壮年部長と、西部の壮年長もいらして、プチ壮年部唱題会でした。
異体同心の姿です。
今日のお昼は、偶然、地区の縄文会の方が娘さんの七五三で参詣されていて、我が地区や縄文会代表や、西部の女子部員、副地区長も来ていて、日曜のように賑やかな本堂でした。
うちの娘もあんな時期がありました。
昨夜、会社から最寄駅に着くと、肩を叩かれて誰かと思ったら、高校から帰宅する長女でした。
一緒に帰ってきました。
長女はよく喋ります。
令和7年11月5日(水)
昨日、御主管のお導師の朝のお経に参詣することができました。
勤行の後、御主管は上智大学の法道会に向かう、最前線の折伏の場に居る学生部にお声をかけられておられました。
上智大学といえば、キリスト教大学です。ここに法華が乗り込んでいるのですから。。凄いです。
当時、先達が
『この法道会は、目には見えないけど、世の中に凄い良い影響を、与えている』
って話されていたのを、思い出します。
自分の法道会からは、数えたら30年も経ってしまいました。笑
あの頃、学会が騒いでいて大変な時でしたね。
今の壮年部長が男子部長だったときで、何者かに蹴られたりしてましたし、自分も学会に囲まれて笑
御正当会には、折伏した人の付き添いで参加させて頂きました。
18年ぶりぐらいで代表参加させて頂くことが出来ました。
有難い功徳です。
翌日の子供の御会式には、長女も鼓笛隊以外にお役を頂き、三人娘たち皆が、功徳を頂く御会式になりました。
きっと、何十年もずっと変わらない子供の御会式の姿や御指導に、支部の伝統にジーンときます。
邪宗の政党が滅んでいく前相がみえてきました。
我ら折伏の功徳溢れて生活できる幸せをかみしめたいです、御報恩ですね。
令和7年11月1日(土)
広布唱題会へ参詣させて頂きました。
御尊師御法話の、良いことも悪い事も因縁果報というお話に、少し自分を振りました。
言行一致の信心が大事で、全てが広宣流布のための苦労である事。苦労して得た確信。
御尊師がタクシーに乗った時に、運転手の方と熊の話になって、畜生が日本各地で共鳴して、人を襲っている。猿にも見られる共鳴だそうで、これは我ら衆生にもあたることであるとの深い内容でした。
この池袋から良い共鳴を日本各地に与えるよう、「折伏に精進するように」御指導でした。
自分を少し振り返ると、実は自分には仕事で不得意な分野があって、それが今の現場でした。
この現場に入職したときに妻から、「その苦手意識を払拭すべき」とアドバイスをもらいました。
苦手意識を捨てる事だけで、進む仕事もあるようです。有難い功徳です。
先日、次女の合唱の場で、講評の先生がある話をしてくれました。
「あなた方にも好きな曲やアーチストがいるでしょう。今あなた方がこの舞台で、観客席に向かい、歌った事と、いつもスマホで観ている好きなアーティストが歌う曲をスマホで聴いている時と、なにが違いますか?」
その後、その講評の先生は静かに、このように話をしました。
「あなた方のこの演奏は、もう2度とない、という事。スマホは何度でも聴ける。この場所で、この時間、このメンバーと観客席の皆さんとの場は一生に一度ということ。そして、スマホは、スマホ>自分と云う一方通行であるということ。しかし、この皆さんの合唱の今日のライブは、会場の方々とのコミュニケーション、空気観のやり取りがあった、それが又歌う側にも影響するという自分たち⇔観客という双方間のやり取りがあるという事です。今日の場は一生に一度なのです。」
明日のお寺の参詣も、一生に一度なので、本当に大事にしたいです。
令和7年10月28日(火)
日本海の見えるところから帰って来ました。月曜日夜中の二時過ぎてました。
(お刺身、ホタルイカと、白海老頂きました。)
一泊でしたが、現地で1下種できました。
2ヶ月連続で、幹部会はリモート参加で、申し訳なく思っております。
こ指導の
不自惜身命の信心。
なかなか結果がでなかったことを一喜一憂することなく。
世間の一人一人の人をすくう為に、我らの苦労や、悩みがある。
その我らの体験が、同じ悩みの人を救うことができる。
↑↑
スマホで御指導を早打ちしてました。
御指導は、心に刻んでおきます。
おかげさまで、
長女は高等学校で【全国大会二位】
次女は中学校で【全国大会七位】
に入賞することができました。
これも全て仏さまから頂いた功徳です。それが全てです。
正法の信者の実証と確信します。
本当に家族で、御報恩しなければと思っております。
今日は、お昼お寺での唱題のあと、お寺から会社へ戻るときに常在寺へ向かわれる御尊師と、お会いすることができました。
令和7年10月18日(土)
今日は三女の運動会に行きました。
三女の小学校には、菩提寺の別の地区の方がおられ、今日もばったり校庭で会い、話をすることができました。
若い方ですがお孫さんが小学校に通われてます。
娘さんは今日、PTAで飛び回られておられました。法華講の同志が学校でも活躍されてます。
地域で、居酒屋とカラオケ店を開かれているのですが、両方とも順調にお客さんが来ているようです。
異流儀の信者がベースの某政党が迷走(瞑想w)しているようで、ネット記事にも載ってました。
御仏智を頂けない境界なので、やることなすこと、自分達には不利益な行動しかできていないようです。
墓穴を掘る、とはこのことで自らしていることが、自分の首を絞めつけます。
これは因果であり、今後も自分の方向とは真逆に進むことは、きっと本人等も気が付かないのかも知れず、とてもとても気の毒です。
文字通り護られないばかりか、因果によって厳しい裁きが日々あるようです。
世間が異流儀の悪行について、やっと知れ渡ることになっているようで、これにより政治も世の中も良くなること祈るばかりです。
令和7年10月17日(金)
今日は有難くも月に一回の、帰社日という半休みたいな日で、平日しかできない事務処理や、銀行に行くことができました。
伝灯抄という千葉中山系の歴史書に、六老僧が決められた経緯の一旦が記載されております。
もちろん、正宗から出ている宗史の書ではないので、真実かどうかはわかりません。
(以前にこの内容は、少しだけこの日記に記載しております)
中山から出ている書なので、富木常忍殿を持ち上げ、第一に記載しているのかも知れませんが、六老僧の一人として、最初、候補に富木殿が上がったという話があります。
本当なのでしょうか。
大聖人から六老僧の一人に、と推薦されたのですが、自分は晩年に出家した身とのことで頑なにお断りしたそうです。
しかし、釈尊も在家の身から出て、また釈尊の弟子にも晩年出家した者は多くいる、との話など、色々説得されたようなです。
結果として御存知のように、富木氏、自分の子である、伊予房日頂師が六老の一人になります。
その後、富木殿はとても、この六老僧をお断りしたことを大後悔したのかも知れません。
{あぁ、断らなければよかった。}と。笑
その顕れとして、大聖人様の三回忌の法要の前日に、自邸に戻った日頂師を、なんと六老僧の一人であるにもかかわらず、破門してしまうのです。
「戻るのが遅い」という理由だけです。法要には間に合っているのです。
これで富木殿は日頂師の上の立ち位置に必然的になってしまいます。
自分はこれで六老僧に結果、なったというような状況を作り出してしまったのかも知れません。
そもそもの六老僧に富木殿が入道という立場で半分、僧侶であったかも知れませんが、この六人に選ばれたかどうかは分かりません。
もし事実だったとしたらの仮定の話になります。
もし、善かったことを挙げるとすれば、在家団体の正統性を富木殿が直弟子ということから主張するかも知れないが、結果入道という立場の直弟子は居なかったということと、日興上人のもとに、日頂師が戻り、正統門家で一生を終えらたことでしょう。
(話は変わります)
会社でお昼に会社からお寺にいくときに、ちょっとした下種ができることがあって有難く思います。
お昼に、お寺にいくと思わぬ先達、同志と話をする機会があります。
先日もある婦人部の方から、「あなたの班のあの方は元気?」と聞かれ、霊山へ行かれた話をすると、一瞬寂しそうな表情になりましたが、
「入れ物が変わって、また生まれ変わって、本堂の一番前でまた唱題しているのよ。ただそれだけ。大したことないのよ。笑」
と笑って話をされてました。
凄い境界です。
あんなに堂々とした信心がしたいです。
令和7年10月16日(木)
先日の日曜に、縁ある方のサックス演奏会の観覧に行ってきました。
その昔、会社の上司だった方で、ずっと折伏御祈念願いを出している方です。
この方は、20年弱付き合いのある方で、奥さまをなくされています。
最初に下種したときに、奥様がお病気の時で、信心の話をしても頑なに断られたのですが、この時もっと強く話をしていたらと、思います。
その奥様が残された遺品であるサックスを1から練習して、今回の初の演奏会になりました。
会場はとてもコンパクトなのですが、とても綺麗な会場で、撮影も三脚無し手元でカメラ構えてました。
プロではないのですが、とても皆さん良い音色を奏でてましたね。
この後、その先輩とお昼だったのですが、ご自身の悩みなども伝えてくださって、まさか信心の話を深く出来るとは思って無かったのですが、結構話が進みました。
お墓のこと、自分の終活。。ご自身の性格のことなど。
11月の子供達の鼓笛隊にお誘いしたのですが、手帳にメモを取ってくださるようでした。
このサックス演奏会の動画は、少し綺麗に編集して、YouTubeに限定公開であげております。
その方はとても喜んでくださってます。
そのサックス演奏の録音を少し聴きながら、これから会社前のお寺に向かってます。
自分は家族もいて、なんと幸せなのかと。。その今回の対象者の方の苦労はいかばかりかと、心痛みます。
御祈念を続けてお寺に連れて行きたいです。
令和7年10月11日(土)
明日、対象者であり昔の会社の上司(今その会社の取締役)のサックス演奏会に誘われ、その後時間を取ってくれるとの事でしたので、今日の御逮夜御講に参詣させて頂きます。
演奏会には撮影もお願いされました。
今日は10月11日で、大聖人様が佐渡御配流の翌日、この所沢の町を通られたかも、という日で、この日に菩提寺に参詣させて頂ける事がとても幸せです。
今日は御宝前で、大聖人様の佐渡までのルートを眺め、御足跡の触れていたのですが、今まであまり調べた事の無かった、身延から池上までのルートを観ていました。
地域の伝説で、共通するところは、大聖人様が宿泊された場所の家長が入信し、曼荼羅を御下附されるというケースが多いようで、その御本尊様のことや、大聖人様御一行が宿泊された内容が伝わっています。本当かどうかは分かりません。
しかし、この伝来の御本尊が実際に蔵されている処があったりすると、真実性が少し高まるものです。
暮地というところに泊まられた場所は、山の麓にありひっそりとしたどこにでもあるような邪宗の山寺のようです。(
googlemap)。
ひとつ少し発見があったのは、大聖人様の晩年。身延から池上の道中、日興上人様の御生誕の場所、大井庄司入道の館に泊まられた宗史があります。
山梨鰍沢の日蓮宗蓮華寺は、石碑があるものの、此処は大井殿の館跡ではないという事が日蓮宗系の足跡の本にも、「鰍沢の他の場所にある」と明言されてました。
そうすると、我が日蓮正宗で「日興上人御生誕の地」石碑のある「白蓮寺」がもし、大井殿の館跡だと仮定するとそこには大聖人様も訪れた聖域となると思っております。
堀上人様の日興上人詳伝によると、邪宗蓮華寺より山の方面で、「雨戸村」というところが昔の町だそうです。その雨戸村というのは、AIで探しても過去にもありませんでした。
chatGPT---------
「雨戸村」は「天戸」ではないかとのことです。
「天戸(あまど)」は、山梨県南巨摩郡富士川町(旧 鰍沢町) の農業集落の一つです。
Geoshapeリポジトリ - 地理形状データ共有サイト
農業集落境界データセットで、“天戸 [1936804007]”というIDで、位置や境界が記録されています。
旧鰍沢町は合併後、富士川町の一部となり
正確には、この地点は富士川町の旧鰍沢村地域あたりで、山沿いか谷あたりの地形となっており、集落の中心や道路沿いというよりは山地・農村地帯に近い地域と考えられます。
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つまり日蓮正宗白蓮寺さんの富士川町最勝寺(地名)は、旧鰍沢町、古い足跡の可能性があるということがchatGPTでも分かりました。
大事な地域も、少しずつ日蓮正宗に皆もどってくるということでしょうか、凄い事です。
令和7年10月9日(木)
今日の壮年部唱題会の御尊師のお話は、諦めない折伏活動ということの大切さということ。
9月度の折伏強化月間での活動の、反省と継続。
『衣座室の三軌』の信心は、慈悲の心、忍耐、執着の心がなくなるという話でしたが、自分はなかなか執着が離れなくて困ってます。真逆な、命の時があります。
まだまだ修行が足りません。
講頭から、自分の信行について、少し温かい激励を頂きました。
先達は講員の信心を観られているものだと思いました。
より頑張らなくてはと思います。
2つの功徳の話をお寺の人から聴きました。
1つは仕事(公務員の方)での大出世の道が開かれた話です。
地道な仕事が人事の人に認められたみたいです。
もうひとつの話は、埼玉の古い信者さんのご親戚が霊山に行かれたのですが、お持ちしていた古い古い常住御本尊様が、ご長男のところに入られるとの話でした。
すごい功徳の話です。
令和7年10月8日(水)➁
三女が
『パパ、新しいところで、お友達できた?』と心配してくれました。
w
9月から新しい現場なのを三女は知っているのですが、少し気をかけてくれました。
自分も子供達の顔や、様子(お風呂や部屋で歌を歌ってるか、疲れてないか、など)を観つつ、探れないことはダイレクトに、
『最近○○については、どう?』
と聴くことがあります。
子供たちが、忙しく唱題が少ない時は特に注意してみてます。
逆に心配されてしまいました。
妻に愚痴を希にこぼす事はありますが、三女のような言葉をかける性分でもないのでw九州女なのでw
三女からの問いかけは意表を付いたのと、仏様から少し心配されていたのだと、感じました。
唱題の功徳ですね。
今日も御祈念で、{仕事が前倒しで、進み、やることが明確で、時間に無駄なく進められますように。。}
と何となく祈っていたのですが、
上司からの適切なアドバイスで、自分の口から上司への言葉は
『やることが明確になりました!』でしたw
情報の整理整頓も進み、これは本当に功徳です。
令和7年10月8日(水)
先日の日記を観ましたら、
お御影様の頚(くび)に綿を上げる
と記載しましたが、間違いで
頭に綿を上げる
でした。訂正させて頂きます。
古い過去帳には
『御綿上』であり、
『御襟巻上』でないようで、お御影様の頭の上に綿が乗っている御会式のときのお姿になられたようです。
失礼しました。
我が家の家族のお念珠が、修理時期となり、お彼岸にも次女の水晶のお念珠が、身代わり?護られるように切れて、他にもいくつか、もうすぐで切れてしまいそうな水晶・半装束(親玉、四菩薩、しずくが水晶で、その他は木製)のお念珠があるので、来年早々に治す予定です。
令和7年10月3日(金)
キンモクセイの香が町に漂う涼しい季節になりました。
(我が実家にも有った)昔の過去帳には、10/1に、御影様の頸にお綿が上げられるという習わしが、最後の頁に記載されていたようです。
一週間が無事に終わりました。
今週も、会社から謹んでお寺に参詣させて頂き、本堂の御本尊様に護られて過ごしてきました。
日曜の午前中、本堂で唱題していた時、冬の低い日差しが、隣のビルに反射して、御本尊様の『鬼子母神』『提婆達多』や『転輪聖王』の諸尊を照らしておりました。
丁度三人組の先達と、雑司ヶ谷鬼子母神近くの折伏に行った時に、その先達が御本尊様の鬼子母神の右に提婆達多がいらっしゃることをお話くださったタイミングだったので、不思議に思ったのと、本当の鬼子母神が、我らの折伏活動を、喜んでくれているようにお文字が輝いて見えたので、不思議でした。
自分の名前には『博』という字が使われているのですが、(前にも記載しましたが)仏教とは無縁と、思っていたのですが、『大広目天』の別名の一文字だったり、家系もあまり好きではなかったのですが、今はそうでもありません。
全て、少しでも誇りに持たなきゃと思ってます。
今日は対象者の先輩から、サックス演奏を観にきて欲しいと連絡がありました。とてもとても嬉しいのですが、お寺なので微妙にいけるかというところです。
行けるように祈っていきたいです。
令和7年9月28日(日)
やっと涼しくなってきました。。
今年の酷暑は、まるで、地獄に堕ちた三人の邪宗の教祖を焼く猛火が、この娑婆世界に漏れて来てるのでないかと思うような暑さでした。
先日の火曜の訪問折伏の後、会社の同僚への下種、街頭折伏もさせて頂いておりますが、人との会話が楽しく感じるときがあります。
昨日は班座談会で、班の皆さんの元気なご報告を聴いて、元気を頂きました。
また、班の高校生より、流行り言葉の説明を受けておりました。
なかなか理解が進みません。笑
観妙院上人の生音声をこの座談会で皆で拝聴しました。この言葉に溢れる生命力は凄いものがあります。
命に刻まれます。
先日、木製の我が家の家紋が刻まれたキーホルダーを買いました。
もうひとつ、
自分と同じ名字で、桔梗紋の家系があるので、これも購入しました。
父の話では我が家家紋はおそらく三つ巴なのだが、はっきりしないとの事だったので、桔梗紋も購入しました。
この桔梗紋は、富木常忍さんや、太田乗明さんの家紋でもあります。
無理やりですが、信心上の大先達でもある家紋なので、この桔梗紋の木製キーホルダーは、御書に紐付けました。
令和7年9月23日(火)
今、お寺に戻る時間まで、少し合間があるのでスマホから記載、更新してます。
日曜の幹部会は、久しぶりきリモートで参加させて頂きました。
長女と次女の、合唱コンクール(関東甲信越ブロック)の応援で新潟にいたので、謹んでリモート参加です。
御尊師は、三人組の闘いで、その中の1人での活動も大事であることをご教示下さいました。
励まされる有難い御指導です。
いつものように沢山メモは取れず少し準備不足に残念な思いですが、御指導は心に刻んでおきます。
ちなみに新潟での関東甲信越のコンクールで、
長女は高等学校の部
次女は中学校の部
で、それぞれ埼玉の複数校の代表で出たのですが、
なんと大きな功徳を頂き、長女、次女の学校それぞれ、全国大会への切符を手に入れてしまいました。
あり得ない功徳です。
しかし少し魔が入りました。次女が勾玉のアクセサリーをお土産に購入してきてしまったのです。
『やだー想いでだから。、大泣』
これが障魔との闘いです。
少しずつ諭して、やっと諦めてもらいました。
その代わりに、次女の世代皆に、お揃いの名前を刻んだ音楽部の名称入りのキーホルダーを購入してプレゼント予定です。
今日は、1日朝からお寺にお塔婆のお願いをして、お彼岸会に参加で、また戻ります。。
お彼岸会では、『仏性を顕していく生活』を御指導でしたが、なかなか自分には出来ておりません。
理論だけでなく『事』として功徳を顕すことは大変なことですね。
頑張ります。
一喜一憂しちゃだめだぞ、と。
自分1人の信心を高めていくことで、異体同心の絆と連鎖があるとのことです。
同志に引っ張られながら頑張るしかないですね。
今日は訪問折伏に三人組の大先輩と歩かせて頂くことが出来ました。
そのあと、この先達のスマホより、50年前の法道院少年部と中等部の自得院での合宿の様子。
また、27年前の法道院100周年のビデオを拝見することができました。
んー何かタイムスリップして異世界にまだいる感じです。
令和7年9月15日(月)
朝から、観妙院上人のテープ録音している生声の音声を聴きながら記載しております。
昨日、西部の壮年長さんと会話する機会がありました。9月の折伏強化月間は毎日動くそうです。
決死の覚悟がないと出来ないですね。。
令和7年9月14日(日)
今日の御報恩御講並びに龍ノ口の法難会では、御尊師より、祈祷抄の御金言についての御法話も頂きました。
龍ノ口の御法難については開目抄に詳しく記載されているとの事で、この機会に開目抄の拝読を促されました。
我らにとって白鳥とは大聖人様の御事であり、また我らを入信に導いてくれた方への恩を、謗法の人々への妙法への下種折伏でその御恩を報じる事の大事を、又基本を忘れず、その日に自分が出来る事を実践。実際にお会いして折伏することもお話くださいました。
9月のこの折伏強化月間の中で、自身が御報恩で実践したかった、池袋近辺の日蓮宗へのローラ折伏を実行しました。
日蓮宗5ヶ寺を回ったのですが、住職が出て来たところは「警察呼びますよ」と脅されw
住職がいない寺院の処の、留守番の人は、「日蓮正宗の寺院に参詣しませんか?」のパンフレットを渡すことができました。笑
自分の電話番号を記載したパンフレットだったかと思います。
法門で勝てないので、脅しとは・・・犬畜生です。。哀
相手(住職の数人)は何故だかちょっとおびえていたようです。しかし「帰ってください」と即答され・・
{まだ何も話していないのですが・・}と疑問におもっていたのですが・・
自分のような末端の足軽も怖いようです。
大将を見たら失神してしまうのではないでしょうか。笑
邪宗寺院の訪問のみではなく、邪宗寺院近辺にいる人へ街頭折伏を実行しました。
皆パンフレットを受け取ってくれる人ばかりでしたが、継続して何とか折伏成就したいです。
今朝の唱題行あと、m幹事からのお話が印象に残りました。
御自身の新しい仕事環境での苦労話から、学習曲線といって、ずっと出来ない事が基本を忠実に継続していくことで突然わかるようになる。
具体的体験として幹事は、建設業での専門用語が分からなかったそうですが、ある時にいきなり分かるようになり、営業で仕事をとってくるという実績も出来たそうです。
令和7年9月13日(土)
chatGPTに、思い切って「日蓮正宗はあと何年で広宣流布しますか」と聴いたところ、はっきり答えられない、との事でした。
その時の時代背景や時代の変化や、少子化など、予想がし辛いそうです。
また質問返しで、「それではあなたはどのぐらいで、達成すると思いますか。」的に質問が投げられたので、
「100年」と答えると、とても妥当なお応えだとのことでした。
誉められたのか、はぐらかされたのか。。笑
誉め上手であることが良くわかります。爆
「その時期は信徒一人一人の信心と布教活動にかかっており、未来は未定とされています。」という結論だそうで、妥当な答えだという事と、やはり我々の思う事と一緒なのかも知れません。
笑
明日は御報恩御講並びに御難会ですね。
令和7年9月12日(金)
大きな諸難が過ぎていきました。
とても仕事が大変なのですが、その元凶というものが諸天に変わるようなイメージという感じでしょうか。
唱題の力は凄く、またこの自分への障害から折伏の行が少ないことにも気が付き、御報恩で、育成やら対象者やらにも八方にSNSなどでアポイントを取っております。
昨日はとても不思議な日で、この諸難が過ぎるのを肌で感じておりました。
昨日の壮年部の唱題会で、御尊師からは、九月度の戦いは①全員参加の大切さ。また②持続していくこと続ける信心として9月以降も、この戦いを続けていくことの大事を御教示くださいました。
仏教の悪をとどめて、善をすすめるという本来の思想を、実際に知識ではなく行う事の難しさがあることをお話でした。
また、過去の悪行が徳を薄くしていること。
総本山第57世日正上人の
「何ごとも おのが因果の報いぞと 思う心が仏なりけり」
の御歌を御披露され、個々の命を磨き、実践の信心を促されました。
唱題をたくさんあげさせて頂き、折伏を実践して、信心の力を増大させ、魔の入る隙を埋めて、がんばります!
実家に昭和45年頃にお寺から頂いた過去帳がありました。
おそらく観妙院上人の御文字の刻まれた過去帳であり、実家のどこかにあるはずなのですが、今探してもないのです。
いつか見つかって欲しいとは思ってますが、我が父は断捨離するタイプなので、分からずに、何かに紛れて捨ててないかと思っております。先日も姉が大事にしていた観妙院上人全集全四巻を全て捨てられてしまいました。
我が家に持って来ればよかったです。
今手元に、我が家にある色々な大事な宝を、本当に大事にしていきたいです。
令和7年9月10日(水)
仕事で使っているChatGPTに
『完璧!』って、褒められて
久しぶりにちゃんと誉められたので、嬉しくなりました。
こうやってAIに、人間は侵されていきます。笑
仕事ではちゃんとシステム設定を正しく教えてくれるChatGPTに本当に救われる時が多々あります。
これでは仕事で考える人は、(少なく?)いらなくなりますね、
昔、お寺に在勤されていたシンガポールの御尊師と、先日ばったりお寺(お昼休み参詣時)でお会いすることが出来ました。
懐かしさと共に、また海外の各地で活躍されている様子でした。
仕事で魔が多く、唱題に力が入ります。頑張ります。
令和7年9月9日(火)
今日は朝からお寺に参詣し、仕事が始まるまで唱題。そしてお昼も唱題を続けていたら、久しぶりに2時間半をお寺で唱題させて頂く事ができました。
日曜日にやっと班の折伏が成就し、0<ゼロ>を脱する事ができました。
婦人部の先達はやはりやる時には凄いです。折伏の闘志になります。
仕事はいつも綱渡り状態で、過去の経験が少ない業務をしているので、とても大変なのですが何とか乗り越える事が出来ております。
一つ気が付いた事があって・・・
よく、「全てが自分が過去にしてきたことの結果」とは教えられておりますが、本当にそれをわかっていなかったかも知れません。
どこか、いつかどうにかなる・・と
いや、何もしなければ何も変化がない事に気が付きました、今更ですが。。
仕事でもあーしたい、こーしたいという事や、自分が思うように人にしてもらえないことなどは、全て自分が過去にしてきたことの結果でしかないのでなかなか、信心を本当に本気にならないと変わらないということに気が付きました。
んー業は深いです。
令和7年9月5日(金)
2週間ぐらいに思える今週がやっと終わりました。毎日暇なく、仕事で時間が過ぎました。時間が経つのは早いはずなのですが。。
今週はとても緊張した一週間でした。
今日は在宅勤務を頂いたのですが、少しだけ実績を残し又来週に繋ぐことができます。
全て仏様のおかげです。
少し厳しい事もありましたが功徳で仕事が乗り越えられました。
又今週は、会社の営業に、信心の話をすることが出来、少し対象者が増えました。
お題目は、一遍一遍を強く(少し疲れるぐらいに)真剣に魂を入れて唱えるようにしております。
この一遍一遍力の入ったお題目は、功徳はすぐに顕れると個人的には感じております。
我が家に小さなベンガル菩提樹があり、少しずつ育っております。
釈尊が悟りを開いた時の菩提樹は「インド菩提樹」というそうで、少し名前が似てますが、御数珠で使用される「インド数珠菩提樹」(金剛菩提樹)もあります。
(前にも似たような記載をしていると思います。)
ベンガル菩提樹は、インドにも釈尊が修行された場所と云われる大きなベンガル菩提樹がありますが、日本でいう、「カジュマル」がベンガル菩提樹というそうです。
個人的にはインドにある、釈尊が修行した場所の木は全て「菩提、悟りを得た木。菩提樹」と名づけられ、そこかしこの木々に菩提樹という名前が付けられているので(推測ですが)、ややこしい感じがします。
この釈尊のインドのブッダガヤの菩提樹は、一度枯れてしまいました。
しかし、この枯れる前に阿育王(アショカ王)の娘が、スリランカへ移植した木が残っております。
これが、「スリハマー菩提樹」と云われ、由緒が菩提樹だそうです。
今インドにある菩提樹は、そのスリハマー菩提樹かどこかの菩提樹を再度植えたとのこと。
何故、インド、ブッダガヤの釈尊の菩提樹が枯れたのかは、イスラム教の弾圧があったからだそうです。
今はこのブッダガヤも仏教とヒンズー教の混ざった寺院のようです。
いつも魔の力は大きく、正法はつぶされそうになりますが、仏法の灯は消える事は無く、今は日蓮正宗の寺院に受け継がれていることは凄い事です。