法華講員によるコミュニティサイト

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店長日記

令和7年9月3日(木)

先週末、地方回経のうち、茨城への3軒を、御尊師に御供させて頂きました。
この3軒は我が班に所属する方で遠くから信心を頑張っていらっしゃる方がおられます。

この回経の途中、ある墓地にお伺いしたのですが、古いおしきみがありました。
昔、我が班で90過ぎまで班長されていた方の本家のお墓です。
不思議にもその班長さんが、日蓮正宗に入る前にあったと思われるお墓に古株のおしきみがあるのです。
その班長さんも不思議だと仰っておりました。そのお墓に行くことができました。
本当におしきみがありました。
その家系は、何百年も昔、日蓮正宗に入信していたかも知れません。

日曜には、我が班が今年、折伏が上がらない事から、御尊師から激励を頂きました。
御尊師は、我が班へ御講の時の御法話と変わらないようなお話をしてくださいました。
日顕上人の御指南より、下種の功徳が大きい事。それは本未有善の末法の衆生に初めて仏種を植える事がとても功徳があるそうです。
釣り師が、釣りの時に「退屈」「絶望」が無い事。それは次に投げる餌で魚が釣れるかもしれないという希望があるからだそうです。
我らの折伏活動も、可能性が絶対にあるという事です。

法統相続のお話のうち、親が子供の前で信心の愚痴を言わない事が本当に大事だということが話されておられました。

我が班の機に合ったお話ではありますが少々紹介させて頂きました。

この日記を書く時は、沢山活動して歓喜しているときか、発見があったときか、とても落ち込んでいるときかも知れません。
今日はとても落ち込んでいるときです。

9月から新しい現場でお寺からも近く、お昼も通って唱題を続けてますが、今日は朝、参詣しませんでした。少しは本堂で唱題が出来る時間がありました。家で唱題しました。
するとどうでしょう、今日の仕事が滞ってしまいました。
全体的には、仕事は進んでいるのに、今日は上司から少し強く指摘されてしまいました。落ち込んでます。
前向きに進んでいきますが、隙あらば魔という体験をしました。

令和7年8月26日(火)

色々書きたいことがあるのですが、時間だけが過ぎてしまいました。

先日(8/22)の広布推進会で、御尊師からは、
『折伏では、やはりちゃんと人と会って話することが大切』とのお話。
また、
『自分を一度捨てて、とらわれを捨てて、本因下種の御題目を唱えて行きなさい』とのご指導もありました。

この後、地区の折伏推進担当であり、三人組の先達と共に帰路に着いたのですが、偶然にも登壇された講頭とその奥様、ご夫婦と駅のホームでお会いしました。

電車で右に講頭。左に講頭奥様という形で、とても話に華が咲きました。
講頭も折伏で直接会って話することの大事を強調されてました。

早速、というわけではないですが、週末に長女と次女のコンクルールがそれぞれ開催されたのですが、子供達のご両親で対象者の方、二人に少しだけ信心の話が出来ました。

この日、長女は高校の部で、次女は同じコンクールの中学の部でそれぞれ関東大会へ進出しました。功徳を頂いております。

お寺で西都の地区長さんとお会いし、仕事での功徳のお話をされておりました。

先日の親子会で、『三草二木』の朗読会があり、三女がその一部だけを、朗読させて頂いたのですが、この話にもあるように、仏様は、我らに平等に功徳をくださいます。

その御報恩は、折伏しかありません。 日曜には、班として折伏についてご指導頂きます。
この折伏が上がらない状況をなんとか打開しなければ申し訳なく思います。
頑張ります。

令和7年8月20日(水)

青梅のご住職が『自分の癖を知ることが大切』というお話をしてくださいました。

どうも自分は、悪い癖があって、相手の好意や、有難い心遣いから来る言葉を逆に(嫌みではないかと)ひねくれて取ってしまうことがあります。
甚だ、いかんことです。

そう、このサイトのTop画面から『Music』を更新しました。
お暇な時にお聴きくださると幸いです。
【桜の院】は、伊勢物語のうたを唄にしたもので和風な感じですが、桜の法道院みたいで、題名も気に入ってます。歌う1人は我が次女です。

今日は、御主管の朝勤行にご一緒させて頂くことが出来ました。
こんなに有難い事はありません。


どこへ行っても『法道院ですか!』と言われる大きなお寺の、自分はそのイチ信徒でしかないですが、その証として御主管とご一緒させて頂くことは、すごいです。

この後、講頭からお声をかけて頂き、三人組がんばりましょう!と笑顔で、激励を頂きました。

異体同心は、自分から進んですることも、しかし簡単に破ることが出来ます。

今日も大事に過ごしていきたいです。

令和7年8月18日(月)

先週は、3人組の活動の一貫でチームの先輩の処へお伺いしたのですが、殆ど雑談で昔の話に華が咲きました。
また再会の約束ができたので少し成果がありました。

土曜日の組座は何と7人も集まって頂き、とても歓喜の歓談の中で組座が終わりました。
未来を担う青年部が参加してくれたので、嬉しい限りですね。
皆、酷暑の中、一生懸命頑張ってます。

昨日は午前中に仕事関連で受講したかった研修を受け、三女が一部話をする朗読会に参加。
その後駆け足で、立川まで行って、駅から片道30分あるいて家庭訪問したのですが、会えませんでした。
詰めが甘かったです。自宅に居たのに会えませんでした。

実家の父が少し元気なかったので、訪問しました。
いつもより少し元気がなく、ちょっと心配ですが、御宝前の掃除をして少しお題目を唱えて来ました。
この日中の熱さに対抗するように、頑張って活動してます。

令和7年8月16日(土)

日寛上人の「観心本尊抄文段」と平成3年の日顕上人の御指南にある、何故
弘安期に「仏滅後二千二百三十余年」の御本尊様があるのかということについて、この2冊を何度も拝していました。

『仏滅後』とあっても、寿量品を解かれた年を計算の初年として
寿量品が釈尊の御入滅から4年前に説かれたという事から、この寿量品の説かれた年を計算する起点の年として、4年前に、この起点の年を前倒しにして、それに実際の(弘安元年が2227年)を足す ことによって2231年なので、「仏滅後二千二百三十余年」とあることについては、平成3年から34年も理解できない(あえて避けていた)ことでした。
あー御法門は難しすぎです。。笑

今日はこれから組座談会です。
久しぶりに開催されるのですが、人数が少なくても功徳を沢山いただける組座で楽しみです。

令和7年8月15日(金)

日寛上人は本当に凄いですね。
お言葉は全て真実です。
お書き物の中で、
『弘安元年が仏滅後2227年』
との内容で明言されておりますが、
御入滅に際して、ご自身のお言葉が、真実ならばお蕎麦を食べて笑って滅せられるとの御予言通りである事でも下記は、証明されております。

弘安2年は西暦1279年(紀元後)です。

周書異記説で云うと、釈尊御入滅は、
『紀元前949年説』

つまり、計算すると
【1279+949】ドンピシャ、
弘安二年は仏滅後2228年なんです!

自分でも計算してみて、合っていたのでガッツポーズしそうになりました。
日蓮正宗は凄いですね。。

今日はこれから一旦、家に戻り、子供達のお昼を作って、その後武蔵野第一の先輩のところ(3人組の1人)へ家庭訪問兼ねて、回経に参列です。

西都の地区長さんと先ほどお寺でギターの話をしておりました。
ご自身で曲を作る計画があるみたいです。聴いてみたい。。

あっそうそう。今日は自分もお休みを頂いております。

令和7年8月14日(木)

学会の叔母のところへ、「諌暁八幡抄」の
「一分のしるしある様ようなりとも、天地の知しる程ほどの祈とは成なるべからず。魔王・魔民等守護を加へて法に験(しるし)の有ある様ようなりとも、終には其の身も檀那も安穏なるべからず。」
の御書の御金言のみ、をSNSメッセージで送ったら、「いきなり訳のわからないメールをよこして、御書を勝手な解釈をしちゃだめよ」という返答がきました。
んー御書の解釈はしていないのですが笑

大聖人様からのお言葉を、叔母へ少し命に刻めたでしょうか。哀れでなりません。

学会の常套手段で、御書の文上のみを読んで、別の話で、歴史上の他の内容の引用だとか返答してきます。
「師伝」がないので、文底を拝せないのは悲しいことです。

先日、自分の本社に所用で行きました。
現場仕事の我らとは関係性は少し薄いのですが、一階にはおしゃれなカフェがあって、オフィスも綺麗で、都心の博物館に隣接して木々が有り、少し贅沢な気がしますが、自分の会社が栄えていることに少し嬉しいです。これについても、御本尊様の功徳を感じております。

我ら法華講の一人の「点」が、他の方と繋がって集まって「線」の様になり、異体同心の絆が深まって「面」になって広がっていきます。
自分自身の折伏がまだ進んではおりませんが、最近、青梅の御住職の処へ参詣したり、信心の同志が世間の此処そこにいることを感じて正法が少し広まっているような気もします。
お寺でも西部の竜門会の方の威勢ある発表で元気を頂いて、御指導で決意が固まって、がんばれます。
3人組の活動は、明日少しできます。

よくネットで、「本門戒壇の大御本尊」の「仏滅後二千二百二十余年」の記載がおかしいというばか者の記載がありますが、弘安2年は仏滅後2228年なんですよね・・・・「仏滅後二千二百二十余年」は正確でドンピシャ合っている。爆
何がおかしいのでしょうかね。w

他の大聖人御真筆御本尊様が「仏滅後二千二百三十余年」の御本尊様が多い事からの誹謗ですが、邪宗の無智、愚痴により我ら法華講の【信】が深まる事は嬉しい事で、又有難い事です。
異流儀のみなさん、ありがとうございます。笑

令和7年8月10日(日)

先週の広布唱題会の時、御尊師から観妙院上人のお言葉で「折伏を忘れた法華講は歌を忘れたカナリア」という内容の話を頂きました。
自分も青年期に印象に残っている観妙院上人の御指導は、このお言葉でした。
育成についても丁寧に進めるようにとのお話でした。

壮年部唱題会でも、壮年部の折伏成果については反省をして、9月の戦いに向けて準備していくこと。また、二乗の命について、注意すべきとの御指導でした。

丁度、青梅の御尊師から頂いた内容も、二乗のお話があり、魔は、我らを成仏させないために、まず菩薩の命に落とし、その後二乗の命におとすという働きがあるそうです。
巧妙な魔の蠢動です。

今日の御講では、佐渡でおしたためになった、「弥源太殿御返事」についての御法話でした。
弥源太殿が御病気で、太刀、刀を御供養されて「当病平癒」も願われた事への御返事であるそうですが、「闘病」ではなく「当病」と書くのが正しいそうです。自分は闘と記載してました。
御法門は難しいですが、今日もとても分かりやすく通釈と解説があり、有難く思いました。

この一週間は、次女の部活のお手伝いでカメラ撮影や公民館練習の送迎など、とても多忙で、合間に行政書類取得や銀行にも行き、あっという間に過ぎてしまいました。
折伏活動はメッセージで止まっていたので、又行を再開しなくてはと思っております。
次女のお友達の御父兄に、下種のために用意していたパンフレットを渡すことができませんでした。

次女はこの夏のコンクールのヒトヤマをやっと超えたところです。

令和7年8月3日(日)

今日は3人組の活動が実質始まった日になります。
自分は地区で、昔からご縁のある先達と同じグループなのですが駅で待ち合わせをし、炎天下の中、家庭訪問へ行く事ができました。
この後、2人で撃ち合わせを実施し、グループ内、お互いのスケジュール、今後の予定についてマックでお話をしました。

今日は、次女に対し魔が生じたのですが、しかるべきところへすぐに報告しておきました。
3人組活動が始まり、まさかという方面(子供)で魔が出たのですが、お題目で乗り越えたいと思います。

明日はこの今日大変だった次女の晴れ舞台前の、華やかな練習が公民館で実施されます。
世法の話になりますが、次女が功徳を頂く前兆と思っております。
今日も早起きして頑張っておりました。

色々ありますが、全て功徳と拝して、家族で頑張っていきます。
長女は部活の合宿から明日帰りますが、精神的に成長して夏の大会で実証を示してほしいです。

令和7年8月1日(金)

一昨日、先月末7/30(水)は日純上人様の祥月命日でした。この日、日純上人の有縁の寺院である青梅の慈本寺へ参詣させて頂く事ができました。
このお寺は、昔法道院に在勤されていた御住職が赴任されております。
観妙院上人の満山登山で、慈本寺御住職様と総本山でお会いした時に「純師会」についてお話があったので、仕事の有給を頂き、また菩提寺では参詣願いを頂いて、お伺いすることが出来ました。

青梅の地は、多摩地域であり、「聖典」の記載から日純上人様が青梅御出身であることを読んだ事があり、ずっと気になってました。
大日蓮の1月号より、御住職が赴任されていることを知り、いつか参詣しなくてはと考えつつ、やっと一昨日となりました。
日純上人の常住御本尊が掲げられる中で、お経が始まり、また参詣者にはこの日純上人の御本尊様を頭に頂くことが出来たのです。
自分も例に漏れず御本尊様を乗せて頂きました。
この御本尊様は、日純上人の御本尊様でありますが、日応上人様が別の御信徒に感得されており、日応上人の花押も入られた凄い御本尊様です。

御住職様とは貴重なお時間を頂きお話を賜り、また御信徒の方とも座談会のような形式で輪に入らせて頂き、色々現地での貴重な折伏のお話を聴きました。
青梅の地は学会の勢力がまだ強く、妨害もあり、また学会から法華講へ移った方が殆どで、とてもとても御住職様は御苦労されているようでした。
御僧侶は本当に、どこでも命がけの信心をされております。

この慈本寺は、周りはのどかな山や野で囲まれ、身延を思わせる(山梨身延は行ったことがないですが)ような素敵な長閑なところで、長沢川という川が寺院の側面を流れ、寺院の南には寺域内に庭園があります。
ホタルが飛んでくるそうです。

長閑な風景とは裏腹に、地域の訪問折伏は日々行われ、また縁故折伏で、この7/30にも新来者が訪れて御住職が対応されておりました。

本当に反省させられるというか、自分は支部で多摩地区ですが、魔が強い地域で、此処も同じ多摩地域なので、他人事ではなく感じるところがあります。

この日拝した、日純上人様の御本尊様と日応上人様の脇書きの御文字が、自分の心に刻まれております。
この日を忘れないように、また8月を出発していきます。
昨日は品川のエホバに破折を加えてきました!

令和7年7月25日(金)

恐怖の子供達の夏休みが始まってしまいました。笑
在宅時の自分にとっては、大災害の予言よりずっと恐ろしいです。w
顔を見るたびに、「パパお腹すいたー」って言われます。仕事が進みません。
{だからパパはお休みの日じゃないって・・汗}
たまに一人の場所に移動します。

今日もお味噌汁作ってと云われインスタントを出したら、手作りの、と云われ汗
部活から帰って来た長女に焼きそばを作ったら、作ったそのすぐ後に次女が焼きそば作ってと云われ。。汗

全く恐怖の大魔王です。。汗
親の仕事、子知らず・・汗

やっと週末となりました。
しかし、明日も子供たちが部活なので、親も早起きしなければなりません。
この忙しさが、きっととても幸せなんだと思います。

昨日は、品川のエホバの証人を折伏してきました。女性の方は、昔のエホバ信者が、輸血することが問題なかったことを資料をもって見せると、豆鉄砲の鳩状態でした。

令和7年7月22日(火)

昨日は壮年部登山に参詣させて頂きました。
往復は有難い事に、親しくして頂いている東京西部の壮年長さんの車で、講頭、西部壮年部Fさん、4人でお山に向かいました。
もちろん、ずっと車中座談会です。笑

壮年長さんとは青年部時代の話や、今の自分達の仕事の話で盛り上がりました。
Fさんは色々な経歴の持ち主で、ずっと仕事のノウハウを話されてました。
講頭はずっと我らの聴き役です。有難いです。

壮年長さんとは輸送班時代の皆さんの現状とか、今のお寺への想いなど熱く語られていて、本当に懐かしく、青年部員のように語り合っておりました。

本山では、地区の方や青年部時代の同志とも会話ができ、異体同心が溢れておりました。

唱題行の後、御尊師からは「機」についての御指導があり、折伏、育成相手への対応について考えるべき内容でした。
自分も反省点があります。

奉安堂へは、三門を背にして遠く、夏の雲が浮かんでおります。
奉安堂では、本当に眠く、睡魔と戦っておりました。

本門戒壇の大御本尊様の正面で、丁度良い場所での御開扉です。
御法主上人猊下様と目が、こんどこそ合った!という妄想の元、とても感激の御開扉でした。
大御本尊様の金色の輝きを、また拝せることを楽しみにしつつ、これから頑張るぞ、との決意を新たにできました。
この日をどれだけ待ち望んでいたことか。。個人的には、仕事の諸々状況を整える事ができ、今日の日が迎えられたことを本当に有難く思います。

帰りの車中では、講頭が草団子を皆にふるまって下さいました。
また壮年長さんの起点を利かせた休憩により、大渋滞の中でしたが快適に東名高速を帰ってきました。

講頭は、電話でずっと折伏のアポイントの調整をされており、講頭の折伏のお手伝いで行くところがあるとの事で、車が世田谷へ方向転換しました。
お山下山の道中で、折伏に歩かれている講頭は、凄いです。
講頭が折伏の場所で降りた後、自分は、西武新宿線の鷺宮駅まで送って頂きました。
班の折伏に頑張っていきます。頑張ります。

令和7年7月19日(土)

今日は本当に久しぶりに、地区御講が開催されました。
昔からの地区の拠点に皆が集まり、本当に溢れんばかりの人が来られておりました。
我が家からも三女を連れて、駅から歩いていきました。
駅の途中に雑貨屋があるので、ここで三女の好きな物を買わせ、途中のコンビニでは仕事関連で個人的に頂いたクオカードで、三女の好きなアイスを買ってあげました。

この炎天下の中、1時間半歩いた三女は、明日は少年部の登山です。少年部大会にのぞみます。

今日の三女とのこの思い出はずっと、きっと忘れないと思います。
文句ひとつ言わずにずっと一緒に、手をつないで会場に参りました。

御僧侶のお話は、一念三千の御法門で、資料も頂き、こちらこそ一生の宝物です。
お話もとても分かりやすくお話して頂きました。
三女にも後で聴いたところ、御法話は少しだけ分かる処があったとの事で、小学三年生にも通じるお話であり、深い内容でした。

子供達も多く集まっていて、昔の法華講の座談会のようです。
会場も昭和の匂いのするお宅でした。

明後日は自分もお山に、壮年部の登山で参詣するのですが、明日は久しぶりに家族と少し離れる時間で、少し寂しいのですが、独身貴族というものなのかも知れませんが・・しかし、きっと家に帰ったら、ずっと掃除をしているのだと思います。

令和7年7月18日(金)

昨日、我が班の回経で御僧侶(MJさん)の御供で車の運転をさせて頂きました。
軒数は少なかったものの、とてもお時間を取ってくださり、親しくお話を頂きました。
本当に有難いことです。
カレーがお好きであることを聞いていたので、時間の関係から地元で、下種しているインドカレーのお店へ行きました。
自分はマトンカレーだったのですが、御僧侶と同じ、チーズナンにすべきでした。笑

インドカレーのフロアにいる対象者の御本人は、そのお店をやめてしまったとのことで少し残念でした。
しかし、その弟さんがいらしたので、御僧侶をご紹介しつつ少し下種が出来ました。
お店のディスプレイで、仏教のテレビを流してくれ、笑顔で対応してくれたので、また対象者が増えました。頑張ります。

この後、地区の法事のため、やはり御尊師、御僧侶のお二人をお乗せし、落合まで参りましたが、お二人の御尊師がいらっしゃる法事はとても荘厳です。
地区長のお徳と感じました。
御尊父様がきっとお喜びだったのではと思います。

御尊師は、我が家の家族の事もお聴きくださり、功徳を頂いた学校生活を3人娘たちがしている事をお伝えすることが出来ました。

まだまだ徳を積んでいかなければなりません。
折伏でお応えしなければと思っております。

大聖人様もお歩きになったと云われる(つまり日興上人もいらした)この所沢・鎌倉街道を通り、我が日蓮正宗の御僧侶が我が家にもおいでになったということは、この地域の国土世間が変わります。
凄い事です!!各処(このインドカレー屋や、コンビニで)で御僧侶と下種活動ができました。

令和7年7月10日(木)

先日の広布唱題会の時に御尊師は、「こうして信心ができるのも、最初は誰かに手を引かれてお寺に来た。その御恩返しを育成、折伏でするんですよ」というお話に、自分は親の恩について感じました。
{そういえば、自分は幼い時にお寺の前後に、喫茶店でクリームソーダを飲んでいた。。母は何も頼まなかった時があったかも知れない・・}
その昔を思い出しておりました。
今日の壮年部唱題会の御法話は、「慢心」ということについてのお話がありました。
ハタと気が付いた事があり、自分には慢心があったこと。それが自分をずっと苦しめていたこと、をとても強く感じました。
あー本当にお寺では良いお話が拝聴できます。

自分が全く気が付かない慢心が自分自身を苦しめていたとは、全く気が付きませんでした。

令和7年7月4日(金)

ちょっと皆さんを元気にしたいので、(もともと元気かと思いますが)次女がこの夏挑むコンクールの課題曲がとても良いので載せます。
下にスクロールして頂いて"女性三部合唱"あたりからご覧ください。
↓リンクをクリックお願いいたします。

Nコン課題曲:”空”

令和7年7月3日(木)

ネットでは暗い話が多くて困りますね。
しかし基本は、有難い事に、我ら勤行・唱題が元気にしてくれます。

昔、観妙院上人が「広宣流布に必要なのは、『音楽』と『礼儀』だ」と仰ったと聴いたことがあります。
自分にとって、音楽はいつも切り離せず、通勤の時も音楽を聴いてテンションをあげております。

また夏になるとテレビ局主催の子供達のコンクールが始まり、いよいよ自分もテンションが上がっていきます。
傍らで撮影も少し携わる事ができます。

ネットは、これから日本が大災害が来るみたいな話で、大騒ぎですが、冷静に考えてみると、絶対に日蓮正宗が護られるので、津波が来ようが、ミサイル、隕石が来ようが大丈夫です。
地震国日本も、きっと地震国じゃなくなる日が来るのだと思います。

令和7年7月2日(水)

エホバの証人への追撃を再開しました。正信会も始めてます。

品川のエホバは、『あまりしつこいと、あなた困りますよ』的な、すこし脅しをかけてきたので
〔てめーー(失礼しました汗、、あなた)〕 って思っておりました。

今日、品川エホバの証人へ、久しぶりに日蓮正宗と名乗って、少しだけ話しようとしたのですが、今日は看板ごと持って何処かへ行ってしまいました。(爆)
〔いやー看板は置いて行ってもよいですよ。〕
って思って思っていました。w

功徳をたくさん頂いているので、一つ一つ折伏は、丁寧に対応していきたいです。

※会社からの帰路、スマホから更新してます。古いリンク先自体がそろそろ無くなりますので、この今のサイトのお気に入り⭐登録をお願いいたします。
〈(_ _)〉

令和7年6月30日(月)②

今、仕事で大功徳を頂きました。業界に25年余働いていて、やっとです。
もちろん、これから又仕事内容は色々努力が必要で、向上心がなくては、ならずこれからも困難な事は多々あるかと思いますが、ステップジャンプできました。
御本尊様の功徳はこれほどまでに凄いです。
これから、この実証を、現証を語っていきます!!

令和7年6月30日(月)

昨日は、壮年部の決起大会と幹部会が開催されました。
頂いた御指導の数々はメモに沢山残しました。
「法道院魂」というテーマが裏にあり、とてもとても熱い会合となりました。
御法主上人のお手紙や、御主管の御染筆が心に深く刻まれます。

自分が、其の国の仏法を、大聖人様から任せられた地域、組織であるならば、一人立つ信心がしっかり確立しなければならないと思いました。
立正安国の精神が世界を救うとの御指南を常に、心に秘めておきたいです。

親父バンドの皆さんからも、熱い思いが歌に載せられ、熱意が届きました。
バンドの皆さん、信心、仕事の時間の合間に練習されたようで、我ら参加者への本当に有難い音楽のプレゼントでした。

この壮年部決起大会の前の時間に、(一度以前に電話したことがあり)時間があえば、対応してくれると言っていた正信会の寺院へ、お坊さんの姿をした人宛てに訪問してきました。
インターフォン口にお年寄りが出られ、本人がいないとのこと。
もしやと思い「住職さんですか?」と聞くと、正信会でも当時中心のひとりであった人でした。
(住職さん、あなたと)話がしたい、旨を話すると「話が出来る人がいない」とのことでした。

{・・いや、、いま日本語で既に、話をしていて、コミュニケーションは出来ているのですが。。話は出来ているのですが。。汗
それとも、この法華講イチ(丁寧で、優しめの)信者に一言も返す法門はないのか?宗門に裏ではひれ伏していて、もう勘弁なのか。。}

{論破出来るなら、論破してもらっていいのですよ。確認して、又再度来ますから!}という意識でおります。
正法は破れないですから。。爆
御法主上人の、御主管の俗弟子ですから、負けませんよ。笑

引き続き、継続して折伏していきたいです。

功徳を頂けるような行は何か、いつも意識して頑張ります。

壮年部決起大会では、3人の娘たちが鼓笛隊で演奏してくれました。長女は一応の引退となるのですが、やりきっていたので、我が娘ながらに立派に思え、少しだけ誇らしいです。(本当にずっと泣きながら練習してました。)

令和7年6月27日(金)

昨日はとんだ災難で、西武池袋線の人身事故があったので、そのまま1時間、電車内待っていても良かったのですが、健康的に、西武新宿線の某駅まで1時間弱歩きました。少し重いパソコン背負いつつ。。汗
たぶん、不要な脂肪が燃焼されました。

個人的には、仕事で良い兆しが見えてきたのでしょうか。。もうひと頑張りします。
このまま希望の6月から、輝いた7月を迎えたいです。より頑張ります。
エホバの証人への破折を再開したいと思います。

令和7年6月24日(火)②

今日は、在宅勤務の後、御主管の勉強会へ参加の為、お寺へ向かいました。
到着すると客殿には、結構多くの人が既におられました。

御講義では、合間に御主管の生い立ちのお話や、御出身の家系についてもお話してくださり、細かくメモを取りました。
御兄弟のお話から、尾張法難の末裔として、200年続く代々の日蓮正宗の御家系であることなど、法統相続の大事を其のお姿の上から御指導くださいました。身に染みます。

熱原の法難のお話では、今、宗教弾圧などなく、「安心」して信心できることの有難さと、思う存分布教ができることを、法難の生の歴史から御教示くださった内容には、一生心に残る話もありました。

尾張法難では、竹筒に御本尊様をおしまいし、勤行の時だけお出ししてお経と唱えていたそうです。

観妙院様のお話にも竹筒のお話がありましたが、こちらは大聖人様御在世当時。
お守り御本尊様は竹筒に入れてお持ちしていた、そのお話を、思い出しておりました。

何の不安もなく、安心して信心活動に励みなさい!と御本尊様から言われている様に感じます。

令和7年6月24日(火)

緊張が走ったイランとイスラエルですが、停戦に合意したそうで、少し安心しました。
アメリカが介入して、ちょっと不安でした。

皆さんは都市伝説は信じられますか?

ネット上では、今年7/5(土)に大災害が起こるかも知れないという話題が多いです。
世紀末のノストラダムスの大予言の時のような混乱が、旅行会社などでも見受けられ、6/29にはこの件についてテレビ放映もされるそうです。
日本に旅行者が来ない、キャンセルが続ている、とのこと。。少し人騒がせな感じもしますが、災害対策は日々強化しなければと思います。

発端となったのが、3/11の東日本大震災を予言的中させたと云われる漫画家の1冊の本によるものが大きいようで、フィリピン沖で爆発が起き、大津波が襲うかもという話ですが、あらゆる専門家は大きな隕石の衝突は近日なく、また爆発に関わるようなものは、1965年にアメリカの水爆を積んだミサイルがフィリピン沖に落下した事故があったようですが、(まだその水爆は海の中)場所が違っているようです。

利根と通力とにはよるべからず、と大聖人様が御指南にて、あまり世法の話題に振り回されないようにしたいと思います。

世の中の混乱は、全て邪義邪宗によるもので、これも又善いことの起こる前兆として信心をすすめなければと思います。
先日、正信会の寺院へ二箇寺、アポイントの電話をしました。
ひとつは着信拒否されていたのですが、一箇寺では、所化さんの姿の人が縁があるのですが、今度時間があれば話をしてくれるとのことでした。
御指南で、相手の心を開いて折伏しなければならない旨のお話を読んだあとで、「何とか、話をする方向にもっていかなければ。。」と言葉を選んで電話していたのですが、少し時間を取ってくれるみたいです。

最近特に感じるのは、信心で、お寺への参詣のベース、体が崩れないと、影である生活も護られると感じます。
この法則は、自分の中では日単位です。信心の姿勢が崩れると、何か生活・仕事がうまくいかないです。

令和7年6月18日(水)

観妙院上人の第33回忌の御法要では、地区の方と3人で登山させて頂きました。 富士山は夏の姿で、雪がほとんどないのですが、山道に雪が残り、模様になっておりました。

お山では、昔の同志に沢山お会いすることが出来ましたが、応顕寺の大先輩と、高等部時代の後輩にも会え、懐かしい思いと、少し会話もできたのです。後輩とは35年ぶり?ぐらいです。笑
皆少し歳をとったのですが、見た目は昔と変わらないのが不思議です。

お寺の所属だった方で、寺族になられ、幸せそうにご住職と共にご夫婦で参詣されている姿もありました。
満山登山としては登山者は多いほうなのでしょうか。御法要では、本当に沢山のご縁の御信徒がお焼香されておりました。 御主管が、ご挨拶に立たれ嬉しかったですね。


この50数年の自分の参詣した御開扉で、今まで本当に初めて体験したのですが、30分のお題目を御法主上人様と御一緒させて頂きまた。少し眠気(魔)も来たのですが、素晴らしい時間でしたね。一生忘れません。

墓参では、とても暑いなか御主管が御出仕されました。信徒も皆暑かったですが、袈裟衣は大変熱そうでした。
御主管からはお経のお導師と、観妙院様の昔のお話を頂き、当時の御宗門の状況を拝することが出来たのです。

この満山法要登山の中で、昔、自分が青年部時代に我が所属寺院に在勤されていた、多摩地域の御住職様とお会いすることができ、少し立話ですが、お話を拝聴する事が出来きました。そのお寺独自の御法要に参詣できるかも知れません。

帰路では、とても高速が空いており、あっという間に地元に戻ってきました。
行事が沢山あって太陽の日差しも熱く、又休む間もなった登山なのですが、疲れが全く感じない、心穏やかな、幸せな登山でした。


先日(6/15)の自分の記載を見たら、最後のコメントが何か少し新興宗教っぽい感じがしているので、(笑)補足のコメントを記載します。

自分の今までの教えられてきた清らかな信心の心、思想の中で、摧尊入卑的な思想は自分には全くないです。

昨日のコメントについては。。譬えて言うならば、このような話です。

少し普通の人より、第六感以外の器官が発達しており、見えないものが見えたり、聞こえない事が聞こえたり、感じたりする人がいたとします。
その人が、地球の気の遠くなるような昔の話や、過去が、見えてしまったり、未来が見えてしまったりする人がいるとします。
その人は物事の真実が理解出来ており、六道輪廻を何故人間がしなければならないか。
地球の起源について、今の一般の学説とは違う真実が見えたり、感じたり。。

また、今後の地球の未来について、この今の延長上に(素人でも)理解できるような発展や、素晴らしい自然と調和した地球の未来の姿が見える。。
日本がその世界平和のキーを握っているそうなのです。特に50代、60代の人がキーポイントというのです。
島国である、日本は大事な伝統を保存している大切な地域、島だそうです。
そんな事を感じる、人がいるとします。
その人の話を聞いた、ということが分かりやすい譬えかも知れません。

またその仙人(と呼ぶことにします)は、人の幸せや、その幸せを導く人が過去に誰だったか、その教えは何かという真実を知っており、具体的に「釈尊」と「年老いた師匠」というような表現をしております。
※釈尊と、大聖人様のことでしょうか。。

また、釈尊の教えは、失われたり、改変(爾前経が優れていると言ったり、途中の時代の新興宗教の教祖の教えや、宗派の開祖による)されて、とはっきり言っております。

その心は釈尊の真実の教えが、この時代にあり、それが分かれば人の真実の幸せがあるという言葉を裏に残しているように、強く強く感じました。

その意味合いがあり、前回、先日(6/15)の最後のコメントになります。
日蓮正宗を信じて、大御本尊様への確信と血脈の大事を、命がけで護っていくことが真実であり、幸せであり、この大確信をより深めるよい情報を得る事ができました。
宇宙大の御本尊様なんだということを、昔、班の班長さんが仰っていたことを思い出しております。

令和7年6月15日(日)

金曜日は、夜間作業でしたが、問題解決と、少し早く仕事が終わりました。
功徳を感じました。

また、昨日は、長女(高校)と次女(中学)がそれぞれ同じ合唱祭に参加となり、また自分も次女の部活の撮影があり、とても充実しておりました。
浦和の会場は、とても綺麗でした。

長女も会場設営と自分自身の出番と多忙で、家族総出です。

昨夜は、この合唱で撮った映像を少し編集して、学校の先生に送る仕事があり、それも午前中になんとかこなし。。汗

11:00からの小平班の組座談会に準備含め、間に合うことが出来ました。
子供達が、激務なのに、自分も弱音は吐いてられません笑

組座談会は、日鷹上人様の祥月命日でもある座談会となり、お寺からのカラーの資料と、先日お寺から新しく頂いた冊子をもとに、日鷹上人様のことについて、学ぶことができました。

病気の方もお元気になられております。組として功徳を頂いている姿です。

金曜日には、もうひとつ功徳を頂きまして。 たまたま見たネット情報ですが、
・地球の本当の起源
や、
・命

というものについて、SF的に、しかし、科学的に、理論的にとても納得がいく内容だったのです。

その話には、釈尊ともう一人の悟りの人が、地球人としては解決策をしっており(知っていた)、しかし、仏教は改変されたり、無くなったりしていることが多い、という結論までありました。

またタイミングをみて記載していきたいです。


結論として、個人的には、
御指南にある御本尊様への絶対信というところに、個人的には行き付き、安心感がもたらされた内容となりました。

令和7年6月9日(月)

土曜日の御逮夜御講での御尊師のお話は、自分の今に少しだけ当てはまるお話で有難かったです。

仕事で上司へ不満があってコンプラに訴えたくなる状態でした。

大聖人様は四条金吾殿へ、主君への恩があるのだから忠誠を損なわないように仕えるという姿勢を御指南され、その通りに実践された四条さんは、主君から信頼を回復し、所領をかえって増やされるという功徳の話でした。

自分は、給料が増えるわけではありませんが笑、上司への礼儀を忘れずに仕事をしていたので、仕事で護られており、それが功徳に感じました。

講頭からは四条さんの所領の飯田「殿岡」の話があり、またその飯田の町が講頭の御出身という因縁について改めてお聴きすることができました。

飯田の町よりお米の御供養が身延の大聖人様のもとに送られたという事実が、本当に宗史に輝く事実であり四条さんの純粋な御供養のお姿を拝すことができます。
この後、講頭とお話する機会が数回あったのですが、講頭の御実家も、飯田市内であることは、四条さんも本当に喜びのことと思います。その深い因縁の地御出身とは凄いですね。ほんと。

飯田には日蓮正宗の寺院はあるようですが、この地に又信者さんがいることが凄いです。

今日は夕方にお寺に西部の壮年長さんと話をする予定で、参詣させて頂いたのですが、またばったり講頭とお会いしました。
異体同心の姿です。笑

壮年長さんは「勤行の姿勢について」、直接、対面で御指南を頂いた時の詳細の話や、広宣流布について、熱い話を二人でしてました。
明日、日鷹上人満山登山の皆様は、お気をつけて参詣されて来てください。

令和7年6月6日(金)

学会の叔母のところへは、いつもは会話で連絡するのですが、あまりにも嫌がるのでSNSメッセージを送りました。
返答がないです。
学会組織の教義変更には気づいているはずです。

鎌倉時代の様子をみたいと思うと絵巻物などがあります。
また、江戸時代ぐらいまでは日本の景観は、田舎は特に昔むかしよりあまり風景が変わっていないと想像されます。
またよくこれは一般的にも云われます。
江戸名所図会などを観ると、稀に大聖人様の御足跡付近を描かれていることがあり、とても興味深いです。
{ここに橋があったのか。この古道の横に、古い民家(宿)がある。川はこんなにも広く、又橋があったことがわかる。}など、面白いものです。

今週はなぜか早かったです。

令和7年6月5日(木)

今夜は夜間作業が短めに終わりました。
これも功徳を頂いております。

お題目を真剣にあげさせて頂いておりますが、今まで抱えていた大きな障害が複数あったのですが、あっという間に障害が減りました。

具体的には、信心の先輩が手術から生還して快復に向かわれていることや、自分の健康診断で各項目がA判定で、脂質をちょっと気を付けなければなりませんが、健康であることが分かりました。

昨年、再検査となり大変な状況だったので、この1年健康に気を付けていたのですが、体重も減らすことができ、また各項目の数値も良くなったのです。
凄い御本尊様の功徳です。これ程の喜びはありません。

魔は多いですが、御法主上人様の御指南のように仏には勝てません。
お題目を真剣に唱えることで、ひとつひとつ変毒以薬できております。

令和7年6月4日(水)

日曜日は有難くも御主管お導師の広布唱題会に参加させて頂きました。
5/16号の大白法の御指南、常日頃の「折伏」についての御指南を詳しく御指導くださいました。
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1.一切衆生救済の慈悲行
2.最高の仏道修行
3.最高の報恩行
4.尊い使命
------------------------
心に刻んでおきたい大事なお話でした。

御本尊様と一体になるまで唱題が出来てません。頑張らなければと思います。
今日はSNSで対象者にメッセージを送っておりました。

日応上人様の祥月御経では、貴重な日応上人様の資料を頂き、ご説明を頂きましたが、単身で帝都を中心に折伏に歩かれたお姿は、本当にもったいない話です。
台風で船を利用されての折伏については、考えられないお姿です。

元巨人軍の長嶋さんの悲しいニュースがありましたが、いつも健康に気を遣われながらも一度身体を壊されましたが、長寿を全うされました。
うちの母は要町の立教野球部の下宿先でお会いしたことがあるらしく、又母が働いていた日本橋三越の、その近くにある白木屋でも話をしたことがあるようで、母からはその話を聞いた事が、たぶん無かったかと思うのですが、父から聞きました。
謹んでご冥福をお祈りいたします。

仕事は魔が多く、色々大変なのですが、一歩一歩進めていきたいです。
今月は夜間作業は無いかも知れませんが、今月は他でも多忙な月です。

今、一遍一遍のお題目に魂を込めてお題目をあげさせて頂いております。
入信した方が連絡とれなくなったり、色々細かい障害もありますが頑張ります!!

★music [peaceful harmony※法道院100周年記念music]追加しました。TOP画面よりお越しください♪

令和7年6月1日(日)

希望の6月になりました。

昨日の総本山、講習会登山への道中、枯山水のように、絵に描いたみたいに、中央道左右の山々には、低い雲がかかってました。
ちょっと幻想的でした。

大雨予想だったのですが、車の中でも雨は小雨で、そのあと、富士山が少しずつ麓の姿を見せてくれました。

朝霧高原の先のやっと車1台通れる車道(山道)は人穴地域にでる細い歴史がありそうな古道を通ったのですが、ここからの富士山は、また趣があって、昔の方々が歩かれた道ということが、古い古い苔むした黒みがかった鳥居からわかります。

大石寺が近くなると、水田に米の苗木が植えられて、水でキラキラ光ってました。

そういえば、令和のこの米騒動は困ったものです。

講習会で三女は、講習会テキストに必死に書き込みしておりました。
後で見たら★マークがあったり、縦線が引かれてました。
御尊師のご講義は学会破折もあり、活用しなければ。。

御開扉では、前から八列目で大御本尊さまと、御法主上人を間近に拝せました。
一閻浮題第一です!!

帰りは、又雨となりましたが車中渋滞もなく、談合坂で三女のぬいぐるみと、自分の眠気覚ましのコーヒーを買いつつ帰宅しました。

帰ったら、三女が一緒に唱題したい、と言うのです。
何となく唱題したくなったらしいです。お山の功徳は凄いです。

令和7年5月29日(木)

明日はお山の前ですが、シフト勤務で夜間帯の作業です。
午前中にお山の準備や、唱題など終わらせて仕事に臨みたいと思います。

唱題をより真剣に実践するようになって、色々改善するように思えます、頑張ります。
土曜のお山のために頑張れます。

令和7年5月28日(水)

仕事前の参詣は久しぶりだったのですが、御主管お導師の勤行に参加させて頂きました。

先週の勉強会などでも、本当にお元気なお姿で、自分の小さな悩みなど抱いていられません。

御主管は日顕上人のお弟子でいらっしゃいますが、お経やお声が日顕上人に似ていることが多々あって、不思議です。
今朝も日顕上人を思いだしてました。

(全然話は変わります)
魔が最近も強くて、3.5個ぐらいの大きな障害があるのですが、笑

その魔の破り方を改めて今日、御主管のお経の少しあとに感じたことがありました。

大聖人様は『呵責謗法滅罪抄』に『何なる世の乱れにも、各々をば法華経・十羅刹助け給へと、湿れる木より火を出だし、乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり』と仰せられております。

この御金言の通りに、真剣に、強く、強盛に御題目を唱えると、本当に、問題が解決することを、今日感じております。 具合的に御指南であるのに、ちゃんと実践出来てませんでした。

この強盛の御題目のおかげで、障害が2つぐらいに、減りました。 笑

令和7年5月23日(金)

昨夜、再度仕事のデータを確認したら、ちゃんと必要な物が残っていました。(クラウドからバックアップされ自動で同期)良かったです。安心しました。護られました。

今朝御宝前で、地元の御足跡について観ていたのですが・・

寺泊御書には往路について、「武蔵国久目河宿」との御記載があるのである程度、泊まられた地域が分かります。
復路については場所までは見当たらないのですが、地域の書物には、入間郡久米(現在:所沢市久米)の記載がありました。
御本尊様を御図顕の後、柳瀬川を見ながら、御説法があった様子を記載なのですが、そうすると川沿いの宿場ということになります。

比較的新田義貞の古戦場に近い場所であるかも知れません。新たな気づきです。
鎌倉当時の書物は皆無に近く、謎が多いのですが、しかし所沢市内で御本尊様をおしたためだったかもという事は、あり得るのかも知れません。

我が家も鎌倉街道に面する場所なのですが、この場所で信心ができることが本当に有難いです。
我が家で育てていた、ベンガル菩提樹が少し元気なかったのですが、水の量を少し増やしたら蘇生して、また大きく(小さな)葉っぱを広げております。

令和7年5月22日(木)②

今日は仕事では結構、地味に嫌な事があり、魔が強いと感じております。

今日は母親の月命日にあたり、一ヶ月のうちに良い日なはずなのですが、悪い事も混在しております。
先輩の御病気のことが分かったり、又今まで仕事の積み重ねのデータが、不可抗力(という表現が適切か分かりませんが)で飛んでしまったり・・
他人からの理不尽な言動も相重なり、自分は夕方から不機嫌です。笑

御主管が三省堂の名称から御指導くださった、日々反省の心を取りいだして色々考えております。
先ほども御宝前で御本尊様へお話しておりました。

良い事と云えば、御宝前で感じた事は、母が今日は喜んでいるように思えました。
明日は夜間作業の代休なので、折伏も心に入れつつ、時間を作り、情報の整理と、少し体力を回復したいです。

令和7年5月22日(木)

長女のコーラス部の顧問が、長女卒部の時にとても良い言葉を、生徒に残してくれました。

『置かれた場所で、花を咲かせてください。』
この言葉は父兄にも届けられ自分の心にも刻まれております。

時が過ぎて、置かれる環境が変わって、環境になれるまで、また思っていない環境になることも有りますが、そこで花を咲かせない!って言われました。

続いてこんな話が、続きました。 「置かれた場所で、頑張っていると、新たな景色が見えてきます。」

なるほど。。
今の自分にも、ぴったりです?

確かに今までも、
変化の時は辛いこともあり、
痛みを伴うことも
泪することもあります。

しかし、新たな景色が必ず見えてくる! そして、なにより仏さまに守られて、与えられた環境だから悪いわけがないのですが、

その変化の時は辛いこともありますね。  

長女は高校音楽部の舞台で、より上を目指して頑張っております。



今宵は、月が旅路を照らそうぞ。。


丁度、、平成の名曲を聴いているのですが、「花咲く旅路」が耳元に聴こえております。

令和7年5月20日(火)

2日連続の夜間作業を超えて、今朝を迎えることが出来ましたw

この後まだまだ色々仕事上の壁はあります。笑
今日は出社です。

色々地味に問題山積しているので、ひとつひとつ解決していきます!

信心は仕事の邪魔をしない
仕事は信心の邪魔をする
とは、よく昔先輩から聴いたことですが、本当ですね。

令和7年5月18日(日)

昨日は、久しぶりに班座談会が開催されました。

大雨の中、会場に向かったのですが、傘が壊れて大変でしたが、班員さんにお会いでき異体同心の班座談会で、皆の折伏対象者の話が聴けたのがよく、皆歓喜されてましたね。
帰りは不思議と雨があがっておりました。

長女と次女は、夕方に開催する本所吾妻橋の妙縁寺での広布推進会に参加させて頂いたのですが、夜遅くなのに、中等部のスタッフが地元まで送ってくれました。
(武蔵野一班青年部)
子供達の信心の姿勢が今日の夕の勤行で変わりました。
青年部の育成に頭があがりません。

昨夜夜中から、今朝までほぼ徹夜作業で、朝は一時間の睡眠で、朝の勤行にのぞみました。まだ頑張れます。昼間は仮眠させていただきました。

今週、体力回復ができるように調整したいと思います。

令和7年5月14日(水)

昨日、この日記(5/13分)を会社の休憩スペースでスマホよりサーバに繋げて、更新したのですが、その帰りの駅でエホバの証人を一人をターゲットに破折し、その後、所用で渋谷に向かいました。

少し遅くなって帰路に着いたのですが、家からの最寄り駅で、また長女のお友達に会いました。昨日とは別の子です。
遅くなって親御さんに車で駅まで迎えに来てもらう、その待ち時間だったようです。

若い子からは、又元気をもらいます。

そんなに睡眠が多いわけではないのですが、最近色々な夢をみます。
細いビルのような高いところに居て不安定な状況の夢だとか、人が出てきたり、色々な会話があったりします。
何か意味があるのかも知れません。

仕事では依然として魔が強いですが、お題目を根本に悠々と乗り越えたいです。

令和7年5月13日(火)

昨日、仕事であまり良くない衝撃が有ったのですが、今朝、お寺に参詣しその意味が良く分かりました。
文王の地区長さんと喜び合いました。

我が家の信心にとって、良いことがありました。
変毒以薬にしていきたいと思います。

善が来るときは、障魔がやってきます、昨夜は安楽とまではいきません。

しかし、今は、喜びが溢れております。

少し仕事は大変ですが、希望があるのでお灸のような痛みとして、頑張れそうです。
全てが、抽象的な表現ですみません。


全然話は変わりますが、昨日夕方、玄関に夫婦で居た時に(車のカバーをかけてたとき)長女のお友達が、前を通り、3人で話をすることが出来ました。

我が子のように幼い時からみてきたのですが、あっという間に高校生です。
幸せに日々過ごして欲しいです。
長女の対象者でもあります。

令和7年5月10日(土)

今日は学校公開で三女の授業を観る事が出来ました。

皆さんは音楽の授業というと、どのようなイメージがありますか?
普通であれば、音楽の教科書を開いて、「今日はこの曲を皆で歌います」とか、「楽譜の読み方の学習」など。。

この小学校の音楽の授業は、最初の10分ぐらいは音楽の先生は、殆ど喋りません。
ひたすらピアノの生演奏、音楽が流れます。
この音楽に合わせて、児童は、円になって回って歩いたり、トトロの音楽に合わせて歌ったり、アルプス1万尺が始まり、隣同士で手を叩いて遊んだり、じゃんけんが音楽に合わせて始まったり、最後に残った人が拍手喝采など、すべて音楽だけで授業が進みます。
この先生はとても評判な先生で、今、高校1年の長女が小学校の時に在籍されていたのですが別の学校に移り、今また三女の学校に戻ってきてくれました。

とても愉快な授業でした。
自分も小学校当時、こんな愉快な授業だったらとても音楽に興味を持ち、とても音楽センスがあったに違いありません。

丁度、少年部長とLINEで会話をしていたのですが、我が少年部長もこうやって教壇に立たれて苦労されているのかもと想像しておりました。