法華講員によるコミュニティサイト

Cafe'd Minaike113

令和8年
「団結行動の年」

鎌倉時代の安房国長狭郡東条郷片海村から見た海をイメージしております。

御法主日如上人猊下御指南

九月度広布唱題会の砌

本日は、九月度の広布唱題会に当たりまして、皆様方には諸事御繁忙のところを参加され、まことに御苦労さまでございます。
さて、私どもは、末法の御本仏日蓮大聖人の大慈悲によって妙法を受持し、煩悩と業に悩む我が身を、永遠の覚りの仏身と開き、一生成仏の道を歩ませていただいております。
総本山第二十六世日寛上人は、この広大無辺なる仏祖三宝尊の御恩徳に報いる道は、折伏を行ずることであると仰せられております。 すなわち 『報恩文段』に、
「邪法を退治するは即ち是報恩(中略)正法を弘通するは即ち是れ謝徳(中略)身命を惜しまず邪法を退治し、正法を弘通する、則ち一切の恩として報ぜざることが故なり」(御書文段 三八四)
と仰せであります。
この御指南の如く、まさに折伏こそが、三宝の恩をはじめとする四恩、すなわち、父母の恩、衆生の恩、国王のそして三宝の恩に報いるための最善の報恩行であると仰せあそばされているのであります。
その折伏を実践するに当たって、私どもが心得べき大事なことは、まず自らが強盛な信心に立って、唱題をすることであります。唱題は一切の仏道修行の根本であり、成仏のための大切な行であります。されば、日寛上人は『観心本尊抄文段』に、
「自行若し満つれば必ず化他有り。化他は即ち是れ慈悲なり」(同二一九)
と仰せられ、唱題行の功徳が満つるところ、必ず折伏の実践が伴うことを御指南遊ばされております。

つまり、折伏を実践する側の我々がなすべきことは、相手の幸せを心から願い、真剣に唱題に励み、その功徳と慈悲の心をもって折伏を行することであります。
されば、大聖人様は『阿仏房尼御前御返事』に、 「云ひて罪のまねかるべきを見ながら聞きながら置いていましめざる事、眼耳徳ちに破れて大無慈悲なり。章安の云はく
『慈無くして親しむは即ち是彼が怨なり』等云云」(御書 九〇六)
と仰せであり、また、『曽谷殿御返事』には、
「謗法を責めずして成仏を願はば、火の中に水を求め、水の中に火を尋ぬるが如くなるべし。はかなしはかなし」(同一〇四〇)
と仰せであります。

現実に今、世間には様々な邪宗教が蔓延しております。 その邪義邪説に誑かされた人達や、慣習的に邪宗教浸りきっている人達が大勢おります。そういう人達に対して「謗法は不幸の根源である」ことを伝え、謗法を責め、破折することが大事なのであります。

つまり折伏は、間違った宗教こそが人を不幸にし、国家社会を危うくする元凶であることを言い切り、謗法を破折し、正しい信仰に導くことであります。
そして、その折伏は、実は誰でもできることであります。 もし、友人、知人、親戚など、折伏したい人がいれば、寺院や折伏座談会の会場などへお連れして、そこで講中幹部の方々や親しい人にお願いして折伏をしてもらうなど、要は、やろうと思えば折伏は誰でもできるということであります。

特に、本日お集まりの皆様には、本年度の折伏誓願目標は、たとえいかなることがあろうとも必ず達成するとの強い信念と決意を持って、講中一結・異体同心して、一天広布を目指して、いよいよ強盛に折伏に精進されますよう心からお願いをいたしまして、本日の挨拶といたします。

(大白法令和8年9月16日号より転載)

御主管御指導

10月度御主管御指導

総本山第二十六世日寛上人は「観心本尊抄文段』に「自行若し満れば必ず化他有り。化他は即ち是れ慈悲なり」(「御書文段』 二一九)と御指南されています。

私達は自行である朝夕の勤行と真剣な唱題を根本とし、その功徳を化他である折伏行に向けて全力を尽くす慈悲の活動が大事です。

その上で、先月の折伏強化月間で出会った縁を大切にし、一日でも早く御授戒を受け、御戒壇様に御目通りが叶うように促進していくためには、各地区・各部での週単位の活動計画と反省会を基本として、どれだけ講中一丸となって折伏誓願目標達成に向けて焦点を合わせて、継続的に取り組めるかが重要となります。

この心掛けを忘れることなく、観妙院日慈上人の「信心とは折伏なり」との御指導を心血に注ぎ、全員参加で勇気ある一歩を踏み出していきましょう。
(法ノ道令和8年9月15日号より転載)

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